2010年10月6日水曜日

駄々っ子

この1ヶ月くらい腰から頚椎の痛みが続きます。

今日はコールセンターのバイトで、通話しながら、イライラが鎮まらない。
つい口調がきつくなる。
痛いと、本当に嫌な人間になります。トホホ。

たぶん私が、こらえ性がなくワガママなんだと思う。
 痛みを訴えない人も世の中にいるのに、自分は恥ずかしいと思いつつ、
「痛い痛い」と言ってしまう私。

同じ痛みでも、感じ方や消化の問題だと思うのです。

駄々っ子はいつ成人するのでしょう。

2010年9月15日水曜日

窓の外の楽しみ

8月くらいからずっと、アパートの外で虫の音がする。

アパート裏の、細い細いスペースにいるのだろう。
あんな小さいスペースでn、けっこういろんな虫の音がする。

本当に涼しい、秋らしい音である。

家でぼーっと座って、耳を傾けるのが楽しい。

虫の音と、雨の音、風の音。
最近心待ちにしている音。

2010年9月13日月曜日

福岡の巨峰、呉羽山の梨

果物好きではないけど、食べてみたくなる味がある。

子供の頃住んだ土地の果物。

例えば巨峰は、福岡にいた頃の巨峰が一番好きだった。甘いだけでなく巨峰の味がする。
今は東京在住の為、長野や山梨、東北のぶどうしか食べられない。こっちの巨峰は、ちょっと味が違う。


マスカットも岡山のものが食べたい。いちばんマスカットらしい気がする。東京で売っている緑のぶどうは、マスカットの味じゃない気がする。


梨も、富山にいた頃は呉羽山という、小さな山で採れる梨 をよく食べた。
幸水や豊水も甘くておいしいのかもしれないけど、梨らしい味に欠ける。二十世紀はやや許す。
富山の果物は全体に、地味だけどそのもの本来の味がする。
果物はお菓子じゃないんだから、あまり甘さばかり追求しないでほしいな。


こないだ富山の梨をもらって、本当にあの味がまだしているからびっくりした。

2010年9月7日火曜日

膨大な時間

西大寺に大事な曼荼羅やら御正体を入れる厨子がある。
大事なもんだから、きれいな裂が着いている。

羯磨文様錦戸帳という名前で赤地のと白地のとがある。
博物館でみたこともあるし、しょっちゅうこれに関する説明をする。
最初から好きなものではないが、だんだん好きになってしまった。

この裂は織物なんだが、現代の技術では復元不可能(10年前の情報ですが)。蓮の華と法具を織り出している
。裂に付属している飾りも、ものすごい製作時間と技術がかかっている。

これの色合いは、ちょっと今の時代では考えられない色合い。どんくさい色合いなんである。

個人的に好みか?と訊かれるとそうでもない。
神様をおまつりするのに、こんなに華美なものは、本意から逸れている、と私は考える方である。

だけど、だんだんこいつが好きになってしまった。

大概復元不可能なものというのは、別に未知の不思議な力を使ってなんかいない。
ものすごい膨大な時間と、手間と犠牲でなりたっている。
その概念が現代にはないから、復元は不可能だと、私は思っている。
別に不思議な事をしているのではないのである。

(もちろん私は叶うべくもないけれど、)
でも私も謙虚な心で、膨大な時間や手間をかければ、何かひとつくらいできるのだ、という気持ちを与えてくれる。
製作者個人の存在 や、出資者の存在、そんなものは千年の間に消失し、この戸張だけがある。
彼らは、小さき花の様に、もうどこかへ行ってしまった。

こういう膨大な気分を持ってみたい。
そんな風に感じたらこの戸帳が好きになった。

日本の仏像や美術を毎日観なくてはならず、
10年くらい前には、私は若すぎて、吐くくらい嫌になった事があった。
割に信心深い方ではある自分が吐くなんてびっくりした。若すぎたんだと思う。

別に今も畏敬の念を、人間の製作したものには抱かないけれど、
それができるまでを思うと、かなりぐっと好きになる。

2010年8月28日土曜日

叡智

コールセンターでバイトしてとうとう2年が過ぎました!よく耐えたなあ、と自分をほめたりして…。

電話の仕事は結構ヘコム事の連続。
私は人の話を聴くのが苦手なのです。対面式の接客であれば、表情や行動が細やかであればカバーできるので、電話の仕事もはじめは「接客は得意だから、平気平気」と思ってました。結果は全く逆。
でも今更辞める事もできず、なんとかして日々働いているのです…。
人間て「慣れる生き物」です、たくましい。

 毎日いろいろな年代のお客さんをお相手していると、自分の人づきあいに対する傾向が見え、結構面白いのです。

特に60代以上の男性に対する自分の傾向は面白い。
私にすれば、60代以上の大半の殿方は、プライドが高くて、どんな言葉が相手を傷つけるかよく知っているのです。あまりにきつくて涙する時もあり(でも最近は私もさすがに慣れました。たくましい。)



ところがこの世代の男性でも、私が大好きな人たちもいます。
包容力があって、仙人みたいに のらりくらりと話してくれる人たち。
こういう人から電話があると本当に嬉しい。
事務的なお話しをしているのに、何か叡智に触れている様な気分になってきます。

私の日常の生活でも、お目にかかる事ができます。
問診上手のお医者さん(質問がピンポイントで、問診されるだけで安心する。)
事務所の階下のRさん、酒屋の旦那さん、


ういう人たちはお目にかかると、とたんに自分が幼児の頃、何でも教えてくれた先生やお医者さんに会っている様な気になるのです。
でも別にためになる話をされるわけではなく、大抵はのらりくらりとした時候や近所の噂とか…。
ところが心が本当にほっとするのです。


でもなぜかすごい叡智に触れている気持がしてくるのです。
仙人と話しているみたいな。
子供の頃、何でも考えこんでばかりの私に、考えすぎない方がいろいろわかるって事を態度でしめしてくれたおじいさん達を思い出します。

春のない年 秋のない年

春のない年になりましたが、とうとう秋の移ろいが感じられない様になりそう。
私たちのしてきた事を紙に書いて、目の前に突きつけられている様です。


そんな状態でも、日々大事に生きていく事が、人間の務め。(回復してから、おかげさまで私は随分強くなりました)

最近目を閉じるとなぜか、ある光景が浮かぶ。



11月の里の民家で柿を干している。しんとした冷たい青い空。

暑いから、瞼に浮かぶのでしょうかね。

この原風景はどうも、富山にいたころに山里に行った記憶のよう。



叶わない事ですが、また春や秋の感じられる様になってほしいです。


晩酌したら久々に書きたいことがいろいろでてきました!

2010年8月9日月曜日

最近好きな色

好きな色、ないななどと先日書いてましたが。

どうも最近は藍色や茄子紺色、紺色を身につけるのが好きなようです。
お稽古の仕事の時、わりとちゃんとした格好をしてでかけるのですが、紺色のワンピースなどを着るのがしっくりくる…。

横から見た自分の顎や首、二の腕あたりがこの格好だと、母親にそっくりに見えるのです。
やせた人だったので、似ているはずもないんだけど。何となく母親に会える気がして。他の色のものを着ても、あまりそう感じることはありません…不思議。

もう一つは、この夏があまりにも暑いから、紺色って引き締める感じがして涼しいんです。

今日はお休みだったので、オレンジのボーダーのトップスを着てました。帽子が紺色だったな…。